2004年の夏、39歳のときに高松伸建築設計事務所から独立したMOA代表の望月協子氏は、こう振り返る。入社16年目だった。 担当していた小学校の基本設計が終わり、実施設計の設計体制について話していたときのことだ。「設計長だから今回は番頭的な役割を果たしてほしい。そんなことを言われて、ふと『先生、私辞めるわ』という言葉が出た。けんかではない。(20〜23ページ掲載記事から抜粋) *テキスト版記事の文字数:4529文字
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