常識を越えろ! 変革者たちの挑戦

「TRAIN SUITE 四季島」はいかにして生まれたのか~フェラーリをデザインした男・奥山清行が語るモノづくりの神髄(前編)

2017年6月27日

 2017年5月1日から運行開始となり、大きな話題を集めているのがJR東日本のクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」。斬新かつ新しい旅の形を提案していると、鉄道ファンだけにとどまらない人気を博している。事実、旅行代金は32万円から95万円と高額にも関わらず、すでに来年3月出発分まで完売しているというほどだ。そんな輝かしい成功の立役者となったのが、本プロジェクトのプロデュースを手掛けた奥山清行氏。「イタリア人以外で初めてフェラーリをデザインした男」として注目を集め、Ken Okuyamaの名前で知られている世界的に有名な工業デザイナーである。
 これまでにE6系秋田新幹線やE7系北陸新幹線、山手線新車両E235系などのデザインプロデュースも行っており、いまや鉄道事業の発展には欠かせない一人でもあるが、これまでに携わってきたプロジェクトは多岐に及び、その活躍はとどまるところを知らない。大学卒業後より海外に渡った奥山氏は、アメリカをはじめ、ドイツ、イタリアといった世界を舞台に経験を積み、長年モノづくりの第一線を走り続けている。そんな、奥山流モノづくりの神髄に迫るべく、前編では「TRAIN SUITE 四季島」誕生までの経緯やデザイナーとしての役割について聞いてみた。

(インタビュー・文=志村昌美、インタビュー写真=武田光司)


奥山清行氏
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「トータルプロデュースさせて欲しい」という逆提案から始まった

 「TRAIN SUITE 四季島」では、デザインだけでなく、サービス内容なども含めてほぼすべての工程に携わったという奥山氏。それだけに細部に至るまで、こだわりの強さを感じさせるが、5年もの年月をかけて完成させた裏には、並々ならぬ思いもあったはずだ。

――まずは、どうやってこれらのコンセプトを生み出したのか、きっかけや意識していた点を教えてください。

奥山氏

奥山 それまでに秋田新幹線や北陸新幹線のデザインプロジェクトに参加したこともあり、JR東日本さんは当社のことをよく理解した上で指名して下さったのですが、最初は内装と外装をデザインするぐらいのつもりで依頼を受けたと思います。ただ、僕もそれまで鉄道事業に対して感じていた疑問というのがあったので、それをどうにかしたいという気持ちもありました。つまり、現代の鉄道事業というのは、運輸業ではなく実はサービス業だということです。時間通りに正確に安全に人と物を運ぶというのは、当たり前なことであり、もちろん大切なことですが、収益の大部分は運賃などによる鉄道事業ではなく、商業施設などの関連事業から入っているのが現状。にも関わらず、それを提供している側のメンタリティーが追いついていないんですよ。

 というのも、僕は週に何回もいろんな新幹線を利用していて疑問に思うことがありました。同じ値段を払っているのに、路線によってサービス内容が全然違っているなんて、顧客目線からすると気になりますよね。また、プラスアルファの料金を頂くならば、それに見合った経験を持ち帰っていただけるようにしたかった。そのためには一本筋が通ったサービスを提供したいので、「車両のデザインだけではなく、ユニフォームもロゴも名前も、また、料理に関わる器だけでなくすべての車内備品もトータルでプロデュースさせてください」と逆提案したんです。

 最初はJR東日本さんも驚いていましたが、それくらいしないとお客様に四季島のメッセージを伝達できないと思ったわけです。できれば待合室や駅舎の一部も含めてまるごとやらせていただけるなら是非お受けしたい、とお伝えして始まったのがクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」というプロジェクトです。

【TRAIN SUITE 四季島】

 2017年5月1日より運行が開始されたKEN OKUYAMA DESIGNがデザインした10両編成、定員34人の豪華寝台列車。色濃く変わる四季のうつろいと、いままでにない体験や発見を通じて、まだ知らないことがあったという幸福を実感してもらいたいという思いを込めて、コンセプトは「深遊探訪(しんゆうたんぼう)」。甲信越を回る1泊2日のコースから、3泊4日で東北や北海道まで訪れるコースまであり、モダンで斬新なデザインが車両ごとに楽しめることも話題となっている。


TRAIN SUITE 四季島の外観(画像提供:JR東日本)
DXスイートの内観(画像提供:JR東日本)
展望車の内観(画像提供:JR東日本)

ビジネスデザインを考えるのがプロデューサーとしての役割

 数々の要望を取り入れていったことで当初の予算をかなり上回った部分もあるそうだが、この問題をクリアするには奥山氏ならではの秘策もあったという。

――「四季島」をプロデュースするにあたり、どのようなアイデアがあったのでしょうか?

南部鉄瓶 ティーポット「ORIGAMI(岩鋳)」
四季島車内で使用されており、KEN OKUYAMA WEB SHOPで購入できる。(画像提供:KEN OKUYAMA DESIGN)価格 1万2420円(税込) お問い合わせ先:03-5466-2860/オンラインショップ:http://www.kenokuyamacasa.com

奥山 僕が一番興味あったのは、どうやってこの開発費を回収するかということでした。34人の乗客の方にかなりの額を払って頂いたとしても、駅員や係員もそのサービスに見合う陣容が必要ですし、どう計算しても運賃だけで収益を上げることは困難です。そこで考えたのは、四季島で採用された商品は、「四季島ブランド」を使ってこの旅以外でも売れるような形を作ること。そうすれば、優秀な技術を持った職人や企業がたくさん集まるようなビジネスモデルになると提案しました。

 それはヤンマーのトラクターなども同じことで、僕は「ビジネスデザイン」と呼んでいますが、参加される方がみんな潤って、持ち帰るものがあること、そしてそれを見ていた新しい方がまた業界に入ってくるという正の循環パターンを作りたかったんです。

 JR東日本さんにしてみると、その売り上げだけでは限界があると思われていたんですが、四季島が観光資源となり、お客様が各地を再訪することで様々な売上がトータルで上がるということも含めて皆で議論しました。もちろん、僕はデザインにおいても常に全品検査して、納得がいくまで何度でも手直しもしますけど、それよりもトータルプロデュースという形でビジネスデザインをすることの方が大きくて、そこまで考えるのが僕の一番の役目だったと思います。

――鉄道をプロデュースする際に、大切にしていることは何ですか?

奥山氏

奥山 どこでも走るクルマと違って、鉄道の特徴は地域に根付いたものであるということ。例えば、秋田新幹線であれば東京と秋田の間をずっと行き来するので、「秋田のための新幹線を作りましょう」と提案しました。というのも、ビジネスパーソンでもレジャーユースでも分け隔てなく使っていただくというのがこれまでの鉄道マーケティングの考え方でした。でも、僕は田舎の出身で、山形に初めて新幹線が来た時の感激というのはいまでも覚えていますけど、あれは地元にとっては特別な存在なんです。新幹線というのはものすごく経済効果もありますし、象徴的なものなんですよ。秋田新幹線はそうした思いを込めてデザインしましたが、それを評価していただき、何よりも地元の方に認めてもらえたのが一番うれしかったですね。

 クルマをデザインするにはクルマとしての意味があるし、列車をデザインするなら列車としての意味がある。それは僕がデザインしたトラクターも同じです。あれはわざとガンダムっぽいデザインにしましたが、子どもたちに愛着を持ってもらいたいという気持ちもありました。というのも、農業に転職したいという人たちの一番の反対者は家族が多いので、そんなときに「こういうトラクターに乗れるならお父さん農業やってもいいよ」と子ども達を味方につけられるといいなと思ったんです。僕は農家の孫ですが、一般の人にトラクターを通して農業の面白さや可能性というのをわかっていただきたくて、「コンセプトトラクター」というのを世界で初めて作りました。そういう手法というのは、トラクターでも有田焼でも四季島でも全部同じです。

【ヤンマー コンセプトトラクター】

 2013年に発表されたヤンマーの「YTシリーズ」は、奥山氏が率いるKEN OKUYAMA DESIGNがデザインしたコンセプトトラクター。日本各地の農場で活躍させるべく、革新的なデザインに包まれたボディには最新の技術と、農家の人たちの声に耳を傾けてこだわった快適性を追求。製品そのものだけではなく業界や産業のあり方をデザインしている。鮮やかなプレミアムレッドのボディは人気が高く、ミニカーでもトラクターとしては異例の大ヒット商品となった。


ヤンマーのコンセプトトラクター「YT3」
(画像提供:ヤンマー)

技術面の問題よりもチーム全体の意識改革が一番大変

 今回、さまざまな部門を合わせると数百人にも及んだという四季島のチーム。それだけの人たちをまとめていくにあたり、数々の困難も立ちはだかったであろうことは想像に難くない。そんななかで、奥山氏がどのようにしてそれらを乗り越えていったのかについては興味が湧くところ。

――本プロジェクトのなかで、もっとも苦労したことを教えてください。

奥山 鉄道というのは、荷棚から上のところは、安全の問題から燃える素材は一切使ってはいけないので、本物の木やプラスティック、紙、うるしといったものは使い方に工夫がいるんです。仮に代替えの素材でもその風合いをいかに本物に見せるのかに非常に苦労しました。ただ、それも含めて、全体を通してお客様にどういう旅の思い出を持ち帰ってもらいたいかという「トータルエクスペリエンス」を作り上げることに一番苦心しましたね。これまではそういう観点で鉄道がデザインされてこなかったこともあり、意識改革やチーム作りの方も大変でした。

奥山氏

 デザイナーというのは実は議長役で、バラバラなことを言っている人たちを集めて、理解してもらわなくてはならない。そのために、わかりやすくビジュアルで見せながら、全員が納得するようにプレゼンテーションしていきました。そうやってお客様の満足度を高めるというベクトルに合わせていく作業に一番時間が掛かりましたね。デザインの意味を理解してもらえるよう、いかに説得するかが大切です。

 以前、山形新幹線の先頭車両のカラーリングを変えたときもかなり大変でした。僕は黄色が赤に変わっていくさまをグラデーションできれいに表現したかったのですが、現場からは、6mもあるのでうまく塗るのもフィルムを貼るのも難しいと言われました。ただ、僕がその色にこだわったのには、ある理由がありました。

 昔、山形の農家にとっては紅花が重要な収入源だった時代があったのですが、棘が多いので女の人たちが手に血を流しながら摘み取っていたんです。本来黄色の紅花が染料になる過程で酸化されて赤になるのですが、それを地元では「血の赤」と呼んでいました。紅花の色にはそうした農家の思いが込められているのです。そういう話を現場の人たちにしたところ、そのグラデーションの意味を理解し、共感していただけました。

 すると不思議なもので、感動したみなさんが自分たちで考えて、チームを作って動いて下さったんです。そして、誰が塗る部分を担当してもきれいなグラデーションができるような方法を編み出してくれたのですが、僕はそのことに感激しました。そうやってストーリーのあるデザインを考えて、きちんと現場の方に伝えて、理解してもらい、喜んで仕事していただくというのが、実はデザイナーの重要な役割だと実感しました。

 僕はTV番組に出演したときの影響なのか、怖いイメージがあるらしいですけど、現場ではみなさんに喜んで作っていただきたいので、士気を高められるようなことを率先してするようにしています。そのために自分で物を削ったり、スーツでも必要なら地面に寝転がって油だらけになって作業もしますよ。でも、そうすると発見がありますし、お互いに信頼関係を作っていけるんです。

――すでに成功を収めている「ななつ星in九州」と比較されることが多いですが、デザイナーの水戸岡鋭治氏を意識することはありますか?

奥山 水戸岡さんは大先輩でもあり、本当に素晴らしい方ですよ。僕はずっと前から彼の仕事が好きで、つねにフォローしています。四季島に携わったことで水戸岡さんと比較されて、光栄に思いますし僕としては大満足です。(笑)

イタリアのように日本ができないのはなぜかという疑問が独立へと導いた

 奥山氏は、自身のことを「モノづくりの技術という“食材”を使って魅力的な提案をする料理人」と例えている。だからこそ、料理人としての揺るぎない信念もあるはず。

――“料理”をする際に心がけていることは何ですか?

奥山氏

奥山 まず、ものを通して人が潤うというのが何よりですが、潤うというのは、精神的でも文化的な意味でもありますし、経済的な面ももちろんあります。そして、人は何で本当の満足感を得られるのかなということでもあるのです。昔の日本には、素晴らしい技術が各地にたくさんありましたが、技術革新ということだけで見ると、あっという間に他国に模倣されてしまいますよね。だからこそ、それを使って何をするかということの方がはるかに重要だと思っているのです。

 それは料理と同じだと思うんです。例えば美味しいお米を使って、最高の食材と合わせてお寿司として出すと、もともとお米が持っていた価値を最大限に引き出すことになりますよね。そんな風に、日本には素晴らしい技術や職人がいるということはイタリアで学んだことです。イタリアのモノづくりやブランドの作り方というのは、フェラーリにしてもファッションブランドにしても家具ブランドにしても、すべて昔からの伝統とそこで育った職人技と最新鋭のデザインと、あとは世界に直接発信していく販路開拓といったすべてが合わさっているんですよ。それを見たときに、「なぜ日本でこれができないんだろう」という疑問が沸いたんです。これを日本でやってやろうというのが、僕が独立することにした一番大きな理由。だから、僕はイタリアで学んだことを片っ端から全部やっています。

――では、職人たちに“いい食材”を生み出してもらうためにしていることは?

奥山 文章で書いて、企画書一枚で見せられるより、レンダリングしてイラストを見せると「ああ、なるほど」とみなさんおっしゃって、人間はビジュアルの生き物だと思います。できるだけ早い段階からみんなを集めて、お互いの矛盾点というのを指摘し合い、それで方向修正しながら進めていくことが必要だと思います。

(後編「なぜ日本人がフェラーリをデザインできたのか」に続く)

【プロフィール】

奥山 清行(おくやま きよゆき)Kiyoyuki Ken Okuyama
工業デザイナー / KEN OKUYAMA DESIGN 代表

 1959年山形市生まれ。米ゼネラルモーターズ社チーフデザイナー、独ポルシェ社シニアデザイナー、伊ピニンファリーナ社デザインディレクター、米アートセンターカレッジオブデザイン工業デザイン学部長を歴任。
 2007年よりKEN OKUYAMA DESIGN 代表 として、山形・東京・ロサンゼルスを拠点に、デザインコンサルティングのほか、自身のブランドで自動車・インテリアプロダクト・眼鏡の開発から販売までを行う。 2013年ヤンマーホールディングス株式会社取締役に就任。2013年から2016年には有田焼創業400年事業「ARITA 400project」プロデューサーを務めた。滋慶学園COMグループ名誉学校長、金沢美術工芸大学名誉客員教授、アートセンターカレッジオブデザイン客員教授、山形大学工学部客員教授を務める。
 『フェラーリと鉄瓶』(PHP 出版社)、『伝統の逆襲』(祥伝社)、『人生を決めた15 分 創造の1/10000』(KEN OKUYAMA DESIGN)、『100 年の価値をデザインする』(PHP ビジネス新書)など著書があるほか、講演活動も行う。