両家の因縁は深い。信玄が治める甲斐は“山峡”とも呼ばれる貧しい土地で、それ故、他国への侵略を領国経営の基本に据えていた。一方、謙信は越後守護であると同時に、関東管領という室町幕府の高官でもある。武田の違法行為は到底、容認できない。 信玄が信濃(長野県)に進出すると、義心の厚い謙信は軍勢を率いて武田軍の前に立ちはだかった。世に言う“川中島の合戦”である。(96〜99ページ掲載記事から抜粋) *テキスト版記事の文字数:4115文字
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